進化した痛み
〈投資歴の長い原告は、投資判断は自ら行なうべきこと及び先物取引の経験はなかったが、その危険性を十分に認識していたので金利の動向等、投資に必要な情勢判断を慎重に行なった上、好機が到来したら注文を出す予定だった〉ところが、原告は、口座を設けてから一週間後の四月一八日に、受け取った売買報告書で、無断売買の事実を知った。
翌一九日には支店に行って支店長らに厳重に抗議したが、その抗議も無視して無断売買はつづいた。
さらに弁護士と協議しその助言を受けて、同月二六日に支店へ行って抗議するとともに、清算するよういいわたし、直接の担当者であるKに書面でその旨の確認をとった。
しかし、原告は、口座を設けてから五月二一日までのわずか四○日のあいだに、二四回にわたる無断売買により、手数料二三四万円、取引損三三○四万円、合計三五三八万円の損失を受けた。
口座を設けてから、日曜祝日もふくめ毎日平均九○万円近くを、違法の無断売買でふんだくられたという計算になる。
これでは、よほど資産があっても、見る見る消えていく。
ところが、この間の売買損益はマイナスの三六六六万円となった。
しかも、その手数料は、売買損を上回る四一六○万円だった。
むろん、「売り」のたびに取引税もとられ八六二万円に達した。
合計八六八八万円が消えてしまった。
売買回数は、月平均にすると一五回を超え、二日に一回の割になる。
とても素人の投資判断でおこなえるものではない。
買った株の保有期間は、その日に買ってその日のうちに売った一日以内のものが六・三%。
一日以上で一週間以内のものは一四・九%。
これらを含めた一カ月以内のものを合わせると、全体の四九・六%を占めた。
反対に一年以上、保有していたのは、わずか九b七%にすぎなかった。
被害者は、セールスマンがあまりうるさく電話をかけてきて売買をすすめるので、うるさく売買をすすめないという誓約書まで書かせた。
その結果がこの始末だった。
割に合わないと、投資ジャーナルに乗り換えた。
だが、今度は投資ジャーナルの詐欺にひっかかり、泣くに泣けない状態におとしいれられた。
確かに、何百億円のマネーを動かす機関投資家は、あっというまに売り買いして、一瞬のうちに何億円ものマネーを稼ぐ。
だが、大口の売買は手数料率も小口より格段に安いからであり、「買とで相場を上んだ。
無断売買は、儲けさせてやるふりをして、その実、客の儲けなどそっちのけで、客から手数料をかすめとることを狙ったものである。
したがって、過当売買ともうらはらの関係にある。
過当売買は、英語で「チャーニング」といわれるもので、明確に手数料稼ぎを目的としている。
まだ裁判に持ち込まれていないので、被害者の氏名などの公表は避けるが、ある小規模の自営業者の被害の例を見ておこう。
この被害者は、ある証券会社のセールスマンのすすめにしたがって、七六年六月末から八四年二月までの七年八カ月間にわたって売買取引をつづけた。
その売買回数は計一三九○回におょ儲かるんです」げておいて、その数秒後には「売り逃げ」で値ザヤを稼ぐという芸当も可能である。
無断売買や過当売買の犠牲になるのは、なけなしのマネーを投資する小口の個人投資家と決まっている。
N証券のあるベテランのセールスマンは、自らこう断言する。
「株で儲けようと思ったら、「休むも相場」といってあまり売り買いしないで、じっくり持っていることです。
常に売り買いしては絶対に儲からない。
だから、証券会社とセールスマンのいうことを聞かないとこれが兜町の本来の常識なのだ。
さきに見た手引書も、〈果報は寝て待て〉と書いていた。
W弁護士も、持ち込まれる証券会社へのクレームは、「ワンパターンですよ」という。
ここに見た違法な無断売買と過当売買による手数料稼ぎだ。
しかし、無断売買や過当売買は〈禁止される不正取引行為〉(証券取引法第五八条)に該当する。
無断売買の場合は、損害賠償の責任(民法第七○九条)がある。
それにもかかわらず、裁判になるケースそのものが少ない。
W弁護士がいったように、裁判では費用がかかり、引き延ばされて長期におよぶだけでなく、それを摘発すべき大蔵省が証券会社と一体化しているからである。
また、「N新聞」(八七年一月二日付)によると、裁判にならないまでも、証券会社二六三社が加盟している日本証券業協会の苦情相談室には、八七年営業年度(八六年一○月?八七年九月)中に一七四件の相談があったという。
「夜中でもセールスマンが電話をかけてくる」「意志確認なしで営業マンが売買,した」というものが多い。
だが、関係者は、日本証券業協会そのものがNをはじめとした四大証券に牛耳られており、「苦情相談室もくせものだ」といった。
持ち込まれてくる苦情を「それはひどいですね」などと中立のようなポー「死んだ」客の数で決まる稼ぎと出世N証券は「ノルマ証券」といわれるほどに、セールスマンに過大なノルマを押し付けている。
また「ヘトヘト証券」ともいわれるほど、社員たちはノルマに追われてヘトヘトになっている。
株の売買手数料のノルマは、少なくても一人月一○○○万円だ。
意外に少ないように見えるが、それが容易でない。
手数料率は、一銘柄一回の売買注文の金額によって決まる。
八六年一月二五日から引き下げられた現在の約定では、小口と大口とで差がいっそう開いた。
例えば一○○万円以下の売買注文では一・二五%の手数料率だが、一○億円以上では○・一五%であり、八倍以上の開きがある。
たとえば、売買注文がすべて一口一○○万円とすると、手数料は一口一万二五○○円だから、月一○○○万円のノルマを稼ぐには、八○○口の売買注文をとらなければならない。
毎日三○口以上の注文をとってこなくてはならない。
とても不可能である。
だが、もし一口がすべて一○億円なら、手数料率は低くても一口で一五○万円になり、注文は七口あればノルマ一○○○万円を超える。
ズで聞き、関係証券会社にたいする批判めいたことも口にはする。
だが、その実、一旦、客の持ち株を売らせて清算させる。
裁判にでもなったときには、清算したことが客も納得したものだったという証拠としての効果を持つことになり、清算は裁判に持ち込まれないようにするための手段となっているという。
表面化しない〈不正取引行為〉が無数にあるとみられるが、弱い客の犠牲でN証券の収益日本一が成り立っているとすればあまりにも酷ではないか。
しかも、これが「ジャパニズ・ドリームー豊か書への挑戦」であるとするなら、その陰で、大衆投資家たちにいっそう大規模な悲劇が待ちかまえていることになる。
いったい、N証券はどうなっているのか。
どんなマネー・マジックを隠しているのだろうか。
Nのセールスマンたちのあいだでは、主婦などの小口の大衆投資家のことを「千株単位の客」とか、「ゴミの客」などと呼んでいる。
一口五○○万円程度の客でも「ゴミの客」のうちだという。
一口五○○万円の場合でみると、手数料率が○・八五%であり、同様に計算すると、一○○○万円の手数料を稼ぐには、一三六口以上の注文が必要となる。
セールスマンにとっては、忙しいばかりで「ゴミの客」では稼ぎにならないというわけだ。
月一○○○万円のノルマから、その日のノルマもおのずから決まる。
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